はるのかぜー

引き続き富山からお送りしています。俺がおみやげを買っていくのは練習を犠牲にして帰省したときに限る、と規約に書かれているので今回はその対象外。

また六連の打ち上げの話に戻るのだが、あの夜のtnkはおっぱいの話しかしなかった、というかおっぱいという単語しか話さなかった、という方が妥当かもしれない。で、3男による内容の無い会話はすべておっぱいだったと言っても過言ではない。前フリが長かったが、本題はこうだ。ある人(俺にもお前らにも全く関わりが無い)が映画「おっぱいバレー」のレビューをこう記していた。

ただ、「不純な動機で始めたけれど、スポーツの楽しさにのめり込んで最後は感動!」とかじゃなくて、最初ッから最後までずっと「おっぱいを見るために俺たちはバレーをやっている。それ以外の理由はない」という姿勢を崩さなかったことだけは評価したい。

これはアホの合唱人にありがちな「居場所がないから渋々続けてたけど、ハモる楽しさにのめりこんで居酒屋で中勘!」というパターンに通じるものがあるのではないだろうか?俺も徐々に初心を忘れつつある。正直多田は楽しい(フジヤマは飽きたが)。よくない傾向だ、しかし混声は糞だという最後の砦が残っている、俺はまだ死んじゃいないらしい。多くの唱歌が小中時代の大きなトラウマであることには変わりはない。今回もジルシンからはその臭いがプンプンして嫌だ。まだミサの方がいいわ。

で、前述の「ハモる楽しさ〜」というくだりは美談にはならないだろう。
合唱が小中の音楽教育手段である間はダメだな。音楽娯楽の多様化でロックとジャパニーズパンク(笑)が主流になった時代に、文化的感性というか他文化理解力のない時期にこんなつまらないことさせられたらそりゃ嫌いになるし蔑みますよね。大学まで来ると色んなサークルがあって、知らないものがあってもへえこんな趣味もあるんだな、で軽くスルー、下手すれば興味持っちゃうかもしれないがグリーク ラブの活動内容はなまじ知られているだけに逆に大きくマイナス。幼少期には軽く聴かせるレベルに留めておくのがいいのかもしれないね。まあ、その水準にある歌い手がほとんどない現状であるけれど。

話の内容がかなりズレた。なんでもいいけど。「結論:CLOでのエール、というかセントポールの楽譜から上一段を削除しる!」って書きたかったけどこの流れだとしばらく繋がらないな。ホントは何とかフェスティバルだるい、っていう話のはずだったんだけどまーいーや。

あと今日はサッカー観てきた。一人で。どんだけ暇なんだ。しかし富山でJ2を見る日がこようとは思わなかった。県総は遠かったです。電車とバスの接続が悪すぎて2時間以上もかかった。もっとアクセスがよければ人も集まりそうなもんだが。割とみんなも暇だったようでゴール裏とホーム側スタンドは青く染まっていた。案外サポーターも盛り上がってて(ゴール裏だけ)、俺もレプリカ着て観戦したくなった。俺の夢は他チームサポな彼女がいて本当は仲良しなんだけどサッカーや野球に関しては完全に分離してて、そのチーム同士が対戦する日にはもう目も当てられない、でもゲームセットの後は仲良くそのゲームの分析ができる、ような関係なのだがこれまでそういうことができるようなスポーツ、というか野球サッカーに理解と見識のある彼女はおろか女友達すらもいないのでこれまでの僕の人生においての大きな不満点ではあります。

サッカーは面白いね。最近気づいた。これまではアホの日本サポのおかげでサッカー自体に嫌悪を感じていたが応援対象ができてじっくりと見るようになってからは奥の深さと観戦の楽しみに目覚めた。自分が初期段階からサッカーファンであれば人生大きく変わっていたかもしれない。サッカー関係者はリア充が比較的多い印象を受けるからな…